新語で読む中国のインフレ
高度経済成長が続く中国。その副作用としてのインフレが人民たちを翻弄している。
中でも一般庶民への影響が特に大きいのが農産物である。農産物価格は元々天候の影響を受けやすいの加え、中国の農民たちは、値上がりした農産物を挙って作付する傾向がある。その結果作付け面積が急増するが、それがまた価格の暴落を招き、結果として作付け面積が急減する。すると今度は生産量が急減し、それを見越した買い占め・売り惜しみが横行する……という循環現象が中国の農産物市場の実態である。
さらに、近年は市場に溢れる投機マネーが保存の効く農産物をターゲットにしており、相場の乱高下を招いている。
農産物は身近な存在であり、庶民がインフレを実感しやすい品目なのだが、往々にして当局が発表する総合物価動向と比較して乖離が大きく、これが当局への不信を増幅しているところもある。
もっとも、元来政府を信用していない人民たちは、インフレを笑い飛ばすかのように暴騰する農産品をネタに新語を作り、逞しく生きているのだが。
ここでは、そんな中国のインフレ世相を読み込んだ新語を紹介していきたいと思う。
※補足:新語は基本的に“谐音”(漢字の発音が同じ、もしくは近いこと)を利用した表現となっている。中国語は同音語が多く、言葉遊びとして“谐音”がよく利用される。
豆你玩
ニンニクとショウガに引き続き発生したリョクトウ相場の大暴騰から生まれた新語。“谐音”である“逗你玩”(お前をからかって遊んでいるんだ)にかけた表現。“逗你玩”は中国漫才の段に由来する。
中国ではリョクトウは非常に身近な存在で、日常的に食されるため、庶民の食卓からリョクトウが消えてしまったことは、中国社会に大きな衝撃を与えた。
鸽你肉
ハトのタマゴの暴騰から。“谐音”である“割你肉”(損切りさせてやる)にかけた表現。
ハトのタマゴは日本ではあまり食されないが、中国では食用される。タマゴの価格が肉の価格と同等になってしまったことにもかけている。
蒜你狠/蒜你贱
2010年のニンニク相場から生まれた新語。農産物インフレ新語の始祖。“谐音”である“算你狠”(お前はむごいことをする奴だ)にかけた表現。
中華料理に欠かせないニンニクの暴騰は、中国社会に大きなインパクトを与えた。レストランでは、それまで無料だった薬味としてのニンニクが有料化するなど、瞬時に庶民から遠い存在になってしまった。
ところが、翌2011年、ニンニク相場が大暴落。半年そこそこで大反転する荒い相場となり、“蒜你贱”(お前は賤しい奴だ)へと転落する。ニンニク価格暴落の主な要因は作付面積の急増。中国の農産物市場は、前年高値で売れた農作物の作付面積が急増し、暴騰と暴落を繰り返すことが少なくない。ニンニク価格の乱高下は今回に限った話ではなく、数年前にも発生している。
糖高宗
砂糖の暴騰から。“唐高宗”「唐の高宗(唐王朝の第三代皇帝)」にかけたもので、“糖”と“唐”が同音になるところから、砂糖価格の高騰をいう。
高騰する砂糖価格を高みにある皇帝の姿を借りて読んだもの。
- 語彙参照
- 糖
替罪猪
豚肉価格の高騰から。豚肉は中華料理に欠かせない食材なので、庶民は豚肉価格の変動に敏感である。また、中国の物価統計に占める豚肉価格の比重が大きいこともメディアの注目を集める要因となっている。
そんな過剰に濡れ衣を着せられるブタたちの姿を読んだ新語が“替罪猪”、言うまでもなく「スケープゴート」こと“替罪羊”をもじった表現である。
詳しくは「替罪猪(中国語新語)」のページを参照のこと。
盐王爷
食塩の暴騰から。“盐”と“阎”が同音となるところから、暴騰する食塩を閻魔大王にダブらせた表現。
“盐王爷”は日本の原発事故による海水汚染懸念からヨード塩の暴騰を招いたもので、通常のインフレとは異なる現象である。
詳しくは「盐王爷(中国語新語)」のページを参照のこと。