2008年チベット問題 私的まとめ

起きるべくして起こった……かどうかはわかりませんが、非常に残念でならない事件がチベットで起きてしまいました。

私もシロウトながら一応事件発生からずっとニュースを追っているのですが、はっきり言って既にキャパ越えしてます。毒ギョーザ事件は主に日中間の問題で、しかも事件発生地点が日本だったため、ニュースを追いやすかったのですが、チベット騒乱は中国の辺境地区で発生した事件で、海外メディアが締め出されてしまったので、結果的に外に漏れてくる正規の情報が極めて少なく、断片的なものとなってしまいました。

さらに北京五輪と絡んで国際問題化しており、これにウイグル独立運動も絡んで事態が複雑になり、手元にストックしているニュースがものすごい量になっています。

そんな訳で、まとめと言いながらたいしてまとまってはいませんが、まずは3月分からざっと振り返ってみたいと思います。

中国政府 vs 独立派

全体の流れとしては、「ダライ一派の暗躍」という構図でゲームを進めたい中国と、「これが最後のチャンス」と背水の陣を敷く独立派の戦いとなっています。言うまでもありませんが、力技では中国政府の方が圧倒的で、騒乱自体はあっさりと鎮圧され、その後は散発的にチベット人が多い地区で抗議活動やデモが行われては鎮圧されるという状態が続いています。

中国領内では一応基本的に秩序を回復しているようですが、現在は北京五輪の聖火リレーと絡んで舞台が中国領外に移っており、聖火リレーが中国の恥さらしリレーと化しています。まぁこれは4月の話なのでここでは一先ずこれまでということで。

何分中国政府が海外メディアを締め出してしまったので、正規のルートで流れてくる情報は中国政府発の情報しかありません。それをどこまで信じるのかはあなた次第。

そんな中でチベット側の立場から一連の事件を眺めた現地口コミ情報があります。チベット人女流作家オーセルさんの元に集まった現地からの口コミ情報です。産経の福島記者が日本語に翻訳しているので、チベット側から見たこの事件の流れを知りたい方は是非ご一読あれ。

ただし、この情報はあくまで口コミ情報で、必ずしも裏づけが取れているという訳ではありません。どこまで正確なのはまったくの未知数。これもどこまで信じるのかはあなた次第。

公平を期すため、中国政府の主張も掲載しておきますね。海外メディアは不公平だ

<チベット>西側メディアの歪曲報道訴える=「アンチCNN」サイト主催者が表明―中国(Record China) <チベット>「西側の無責任報道」に非難・批判が沸き起こる=アンチCNNサイトで―中国外交部(Record China)

とうるさいですから。

「ダライ・ラマ派の陰謀」「ダライ・ラマが扇動」「ダライ・ラマは嘘つき」……ダライ・ラマ批判のオンパレードですね。そして、これこそまさしく本件における中国の一貫したスタンスです。

たとえダライ・ラマがこんなことを言ったとしても

嘘つき確定してますから、こんな談話も嘘扱い。

一見したところ特異なこの中華スタイルは、何も今回に限った話ではありません。数年前、狂ったように小泉批判に走っていた中国政府の言動を覚えてますか?台湾の李登輝元総統批判もその一例です。

「敵とは交渉せず」 中国、外交哲学貫きダライ・ラマとの対話拒否(産経ニュース)

だからダライ・ラマとの対話なんてあり得ないのです。もう路線は確定していますから、何を言ってもムダ。対話などという選択肢はハナからないのです。

「血みどろの戦い」なんです。

中国政府のこのようなスタンスについては、中国内でも一部に批判の声が上がっているのですが、

外国メディアは事実を歪曲しているというのが主流メディアの論調ですから、売国奴扱いにしかなりません。

チベットでは力で圧倒的に勝る中国政府側が抑圧したため、チベット自治区やチベット自治州などで散発的に抗議デモが行われるぐらいで、平穏を回復しつつあるようです。

そんな中で始まったのが北京五輪聖火リレー……

北京五輪の聖火が北京に到着 チベット問題で批判の中(産経ニュース)

舞台は中国の統治権が及ばない中国領外に移ります。中国の面子を大いに満たしてくれるはずだった聖火リレーがあんなことになるなんて……中国政府も予期していなかったことでしょう……

反仏反西側愛国運動

「中国の世紀」を印象付けるはずだった五輪の象徴「聖火リレー」によって、チベット独立問題が世界に宣伝されて行く……中国政府にとっては悪夢の展開となりました。

それに反発して起こった欧米諸国における中国系住民の愛国(愛中華)デモ……チベット独立問題はチベットから飛躍して、中国 vs 欧米(人権団体)の様相を呈していきます。

欧米諸国からの人権批判を「中国の復興への妬み」とお子様ランチな論理で臆面もなく批判するのは国内世論対策でしょうが、この宣伝のおかげで愛国教育にどっぷりと使ってきた世代が爆発、ついに反欧米デモに走ってしまいました。

その矛先は聖火リレー抗議活動でずば抜けたパフォーマンスを見せたフランスへ。生贄になったのは中国で幅広く展開し、身近な存在でもあるフランス資本スーパーのカルフールへ……

動画でどーぞ。

ただ、国内における過激な政治活動は共産党にとっては自身に引火しかねない諸刃の剣なので、鎮火に走っています。

2005年の反日デモでハラハラドキドキの体験をしているので、火加減調整の重要性はよくよく心得ているかと。

後日談になりますが、愛国ナショナリズムの標的となったカルフール(中国名:家楽福)がネット検閲用語になります。そして中国検索市場シェアNo.1の百度で検索して、結果として返されるのがこのメッセージ。

搜索结果可能涉及不符合相关法律法规和政策的内容,未予显示。(なんちゃって和訳:検索結果は関連法律法規・政策に合致していない内容に関連している可能性があり、表示できません)。

違法で政策違反らしいです。

ちなみにおととしぐらいだったか中国の軍門に下ったGoogleもフィルタリングしてます。こんな感じで。

无法访问您所搜索的信息,请返回 google.cn 查询其它信息. (なんちゃって和訳:あなたが検索した情報に訪問することができません。google.cnへ戻って他の情報をお調べください。)

話しをデモに戻しましょう。今回はホームだけでなく、アウェーでも中国系住民を動員して抗議活動を行っています。

で、この一連のデモ。中国国内での評価は斯くなるそうです

 中国の国際情報紙「環球時報」は21日、「中国には力強い民間外交が必要」と題する大型対談記事を掲載した。出席者は大学教授ら著名学者6人で、北京五輪の聖火リレーへの妨害活動に対抗した海外の中国人留学生らの一連の抗議デモが「欧米社会の偏った世論に対し大きな反撃となった」と高く評価、「政府はこうした民間外交をもっと積極的活用すべきだ」と主張している。同紙は中国共産党機関紙「人民日報」の傘下にあり、こうした「民間外交」が今後、中国の新しい外交戦略の一つとなる可能性もある。

「欧米社会の偏った世論に対し大きな反撃となった」んだそうですw

かつて、といっても2005年なのでたかが3年前の話ですが、中国で反日運動が盛り上がった結果何をもたらしたか忘れてしまったのでしょうか。親中派が多数を占めていた対中感情は一挙に悪化。アジアカップのパフォーマンスとセットになって、日本の世論が一気に反中に傾いてしまったことを。

結果として対中ODAも終了となり、日本企業の対中投資も曲がり角を迎えてしまいました。日経新聞が中国進出を煽っていたのが懐かしい……

日本の主流メディアも、それまでは中国に関してはプラス面のニュースを大きく流し、マイナス面は無視するか、小さく流すのがセオリーでしたが、反日デモ以降はマイナス面のニュースが一挙に増加。対中親和を旨としていた日本の歴史的転換点を生み出しただけではなかったのか。

そして今回は欧米諸国。しかもテーマは人権。反日デモの主な原因は靖国に代表されるような歴史認識で、これは日本国内でも意見が割れるものですが、欧米諸国において人権は絶対の真理。異論の余地などないのです。

おまけに中国国内に限らず欧州内で直接デモさせているんですから、フランス人やドイツ人がこれを目の当たりにしてどのような感情を抱くのかは最早語るまでもないでしょう。

欧米人のこの感覚は、海外経験のある外交エリートならよくよく心得ているはず。しかしなぜこの道を突き進み、且つ「欧米社会の偏った世論に対し大きな反撃となった」と持ち上げるのか……

ここからはシロウトの推測になりますが、西側諸国の感覚をまったく理解できない古い中国共産党人たちが、党内で依然として強い力を持っているのではないでしょうか。

現代中国の政治闘争は、手駒のメディアで論戦を繰り広げて、庶民を巻き込んでその勢力を誇示するところに特徴があります。政治制度こそ異なれ、一見するとこんなところは自由民主主義国家に似ているんですね。

残念なのが、自由民主主義国家における価値観の欠如。欧米人にとって理解し難い中国の理論をいくら派手に主張したところで、意味がない……というかやればやるほど逆効果にしかならないでしょう。「こんな奴らが身の回りにこんなにいるんだ……」って感じで。

中共人の発想では、これだけの人員を動員してデモを引き起こすことは、自分たちがそれだけの政治勢力を有していることを天下に誇示することであり、敵対勢力に対して「打撃」となるのです。この感覚が「欧米社会の偏った世論に対し大きな反撃となった」という言葉に典型的に象徴されています。

日本のすぐ隣にこのような中共人たちが権力を左右している巨大国家が存在しているのです。一方の日本はいまだに幻想の平和の世界に……。

中国の反日運動のおかげで、戦後日本の平和世界が、単なる二大勢力の拮抗の狭間における平和であったことに気付いた人が増えてきていますが、間に合うのかどうかは神のみぞ知るところ。

いずれにせよ、この一連の事件が西側諸国の民衆に与えたマイナスイメージは計り知れません。天安門事件から20年近く経ち、中国の経済発展と相まって血塗られた記憶が薄れてきていたところでしたから。心ある中国人は心を痛めていることでしょう。

ちなみに……

 北京師範大学の張勝軍教授は、「民間外交」を展開することは、政府にとって外交上のリスクがないことがメリットだと強調。「例えば、個別の韓国人が日本大使館の前で、指を詰めたり、焼身自殺を図ったりしても、韓国政府と関係がないことから、外交上のリスクが全くない」と紹介。中国政府はこうした“民間の力”を活用することはまだ少なく、これからはもっと積極的に推進すべきだと提案した。

病的な韓国人のこの種の抗議活動を「外交上のリスクが全くない」と賞賛するところに悪寒を覚えます。権力者にとって、人民など道具に過ぎないことをここまで露骨に語るのは正直と言ってよいのか、それとも……

そして舞台は日本に……

聖火リレー in長野

中国のメディアによると、長野の聖火リレーは比較的平穏に終わったそうです。

日本メディアで広く取り上げられていたのは欽ちゃんへの投擲と、チベット系二世が卓球の愛ちゃんを捕らえているカメラの前に飛び込んだことぐらいでしょうか。小競り合いはあったみたいですが。

まぁ何事にせよメディアの話は話半分としておいた方が無難ですから、現実にはどうだったのかはわかりません。抗議活動参加者の話もありますが、あくまでミクロの視点からの話ですから、それを以って全体を語るのも無理がありますし。

ちなみに国境なき記者団の人は日本の対応を評価していましたが、

彼らの話から漏れてくる無念の声を聴いていると、中国メディアの「圧倒した」という表現は誇張ではないのでしょう。事実、参加人数で圧倒していたので、抗議活動側は手も足も出なかったのが実際のところではないのでしょうか。

60年代から70年代にかけての学生運動で鍛えられた世代ならともかく、今回の抗議活動の主体は新世代のネット右寄りの方々が中心だったみたいですから、戦い方そのものを知らなかったのではないでしょうか。フランス人は日々デモで鍛えられていますが、日本では実力行使を伴うデモはもう長く存在していませんから。

もともと日本人は欧米人ほど人権にはうるさくないですから、盛り上がりにも欠けました。日本という欧米外の国家が西側先進国の中に存在しているのは、中国にとっては大きな存在ですね。天安門の時もそうでしたが。こういった発想のできる中国人には出くわしたことがありません。悲しいかな。

それにしても、常日頃人権人権とうるさい人たちはどこに行ってしまったのでしょうか。化けの皮がこうまでキレイに剥がれると気持ち悪いですね。

あと、日本の「民族主義者」なる者が中国人留学生を殴打して負傷させたという話もありました。

おまけですが、中国ではこんな怪情報も流れていました……

どこぞの筋が、盛り上がっている「愛国の情熱」に反日感情を焚きつけて、矛先を日本へ向けさせようとしたのかもしれません。どこぞの反日チルドレンの仕業か、政争絡みのどこぞの勢力の仕業かはわかりませんが。

※追記(2008/5/7)

後日談となりますが、バンダイが五輪開催記念として「ウルトラマン」や「仮面ライダー」のキャラクターをモチーフにしたTシャツを販売しています。

バンダイプレスリリース

狙った訳ではないんでしょうけど、時節柄悪役ショッカーに聖火リレーをさせているところなんかいい味出してますw

日本人的感覚では完全なパロディなんですけど、中国の反日民族主義者が知ったらどのような反応をするのか……